やくそくをしよう


 ※捏造品です。ご了承ください。


世界は二人だけで完結していた。

俺だけを頼ってくる妹と

ユウリィだけを守りたいと望んでいる俺と

いつまでも完結していると思っていた。



やくそくをしよう


「クルースニク。」
 肩を揺すられて目を覚ました。
 夢を見ていた。
 ほんの僅かな時間だっただろうが。あれは白い孤児院の夢だったのだろう。
 今はガラ・デ・レオンの倉庫の中。
「見張り交代の時間だよ。」
 少しだけ頭を振って顔を上げると、幼い少年の顔が見えた。
 眉を八の字にして唇はへの字。
 自分が目を覚ました事がわかると、触れた手をパッと離してそれでも視線は逸らさない。
 その少年の向こう側を見ると、チームの後二人の男女。確かアルノーとラクウェルとか言った。…は既に仮眠に入っていた。

 ユウリィを開放する隙を見つける為に今自分は此処にいるのだ。

「俺、こっちで座ってるから。」  ジュードは1メートル程はなれているだろうか、小さな木箱の上に腰を下ろす。
 いわゆる体育座り。そして、小さく折り曲げられた膝の上にちょこんと頭を置いた。
 クルースニクは、その場で膝を立ててその上に手を置くと、チラリとジュードを見つめる。
『子供。』

クルースニクには、そうとしか写らなかった。
何度目かの少年との衝突も、子供の戯言…としかとらなかったのも事実。

けれど、自分が願っても到達できなかった場所にその子供は立っていた。
不完全な因子適合者である自分とは違い、その力を先天的に持ち、薬を用いることなく自在に操る能力を持ったもの。

 ジュードは、大きな瞳を半分閉じて、時々コクリと頭を垂れる。
 しばらくそのままでいたかと思えば、はっと頭を上げてふるふると頭を横に振った。昼間から歩きづめで、疲れているのだろう。
 何度もそれを繰り返し、クルースニクは口を開いた。
「あっちで寝ろ。隣でされるとこちらも眠くなる。」
 その言葉に、むっとしながら視線を向ける。
「大丈夫。」
 大きな瞳を更に見開き、眉をきっと上げる。
「大丈夫なものか、さっきから同じ事をしている。」
 鬱陶しいまで言いはしなかったが、含む意味はそうだろう。
む っとしたジュードの顔はより子供っぽい。蒼い瞳が見開かれて、意思の強そうな唇はへの字を書いた。そして口を開く。
「平気。」
 ぶっきらぼうに言い放った言葉は、思いもかけず彼女の面影に重なった。



 膨らんだ頬。大きく見開いた薄茶の瞳。
 そんなに見開いたら、柔らかそうな髪の毛が目に入るだろう。とクルースニクは思った。
「平気。」
 ひとつひとつの言葉を紡ぐ唇はとても可愛らしい。
「しかしまだかかるんだ。今は少し休憩しているだけなのだから。先に眠っていて欲しい。」
「平気。」
 困った顔になったクルースニクにユウリィはなおも言い続ける。
「平気。」
大人しい妹がこうも意地を張る理由がわからなくてクルースニクは首を傾げた。
 平気なはずなどないだろう?。普段ならとっくにベッドに入っている時間だ。
表 向きは孤児院だが、ここのしていることを考えれば明日寝不足などになってしまうと、研究員達がまた苛立つ。
自分に向けられるものなら、まだマシだが、妹に向けられたそれは、数倍にも感じる。助けてやれない心の呵責を考えれば、数倍などでは済みそうもない。
「ユウリィ頼む。今日のところは先に休んでくれ。」
 クルースニクは、跪いてユウリィの顔を覗き込んだ。
ユウリィの顔はもう強気なそれではない。瞳を潤ませ肩が震えていた。小さな手で服を−忌々しい番号の付いた研究施設の服だが−をギュッと握りしめている。
柔らかな頬に掌を当てて優しく撫でてやる。
ふんわりとした髪の毛が、その手の甲をさらさらと流れていった。

「でも…ね…。今日しかないんだよ?。」

 今日…その言葉にクルースニクは、首を傾げた。
 自分達の誕生日だっただろうか?それとも何かの記念日だったのだろうか?

 どうして…と問い詰めると、自分が約束を忘れてしまっているという事実が彼女を苦しめてしまうような気がして、クルースニクは言葉を発する事が出来なかった。

「おい!」
 隣の部屋で研究員が呼ぶ声がした。
 行かなければならない。選択肢は今の自分にはひとつしかないのだ。
 クルースニクは優しく妹の頭を撫でて、目尻に溜まり始めた涙を拭いてやる。
「ユウリィもう行かなきゃいけないみたいだ。だから、やっぱり無理だよ。今日は終わってしまうから…。」
 バタバタと響く乱暴な足音を聞きながら、クルースニクはもう一度諭すように言葉を繰り返した。
「平気。」
 しかし、彼女から返って来た答えは同じだった。



 いつも苦虫を噛みつぶしたような青年の表情が、微かに揺るんだのが見えた。
 ジュードは、不思議な物を見るような目つきで相手を凝視する。しかし、相手の瞳は、自分を見ているようで見ていない。
奇妙な事だと思いながらも、それに気付くと、ジュードは無遠慮に相手を眺めた。
そうして見つめると、ユウリィに良く似た柔らかい瞳の色だとわかる。と同時に彼女の優しい笑みが、脳裏に浮かんだ。

 この男も表情を柔らかくすれば、随分優しそうに見えるのに。

ジュードは、いつも自分に批判的で高圧的な青年にそう言ってやりたいと感じた。


〜To Be Continued



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